が今日では単に国粋保存というような意味ばかりでなく、つまり、常に常識的であるための「非常識デー」として存在の価値を保っているらしく私には思われる。
「濫費日」や「嘘つき日」や「怠け日」はあまり聞えはよくないかもしれないが、実はこれらの特定日の存在は平日の節約勤勉真面目を表白するとすれば目出度《めでた》い事である。そしてそういう場合に行われるこれらの「デー」の効果は必ずしも悪いばかりとは思われない。たとえ今日のような世の中でも、場合によってはかえってこの頃のいろいろの人聞きのいいデーに勝る事がないとも限らない。今の人でもおそらく年中悪い事ばかりはしていまい。
 危険な崖の上に立っている人を急に引止めようとするとかえって危険だという話がある。これと似た事がもし適用するとすれば、濫費に偏しているものを一日だけ引き戻すのはかえって危険な場合があるかもしれない。後に引いた弓を放てば矢は前に飛ぶ。しかしこの類推はこの場合にあてはまるかどうだかそれは分らない。
 それにしても「節約デー」という言葉が私にはやはり不思議な感じを与える。もしこれが反対に「濫費デー」であったらその意味は私にはかえって呑み込みやすく、その効果も見当がつくような気がする。
 世の中の人の心は緊張と弛緩《しかん》の波の上に泛《ただよ》っている。正と負の両極の間に振動している。
「善行日」ばかりを奨励するのも考え物ではあるまいか。少なくとも「悪行日」をこれと並行錯雑させて設けてみるのも一つの案ではあるまいか。昔の為政家は実際そういう事をしたもののように見える。
 しかし私のこの案はやはり賛成してくれる人はなさそうである。私のいうような「悪行日」はだんだん廃止される。最近にはまた勉強の活勢力を得るための潜勢力を養うべき「怠け日」であった暑中休暇も廃止されるくらいであるから。[#地から1字上げ](大正十一年九月『中央公論』)



底本:「寺田寅彦全集 第三巻」岩波書店
   1997(平成9)年2月5日発行
入力:Nana ohbe
校正:noriko saito
2004年9月25日作成
2005年11月10日修正
青空文庫作成ファイル:
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