い事を分ったような顔をするほど恥ずべき事はない。
 手近い実例の人を動かす力は偉大なものである。そういう意味で、教師は時々は我邦《わがくに》の科学者の研究を生徒に紹介するがいいと思う。遠い西洋の大学者の大研究よりも手近い日本の小学者の小研究の方が遥かに切実な印象を日本の生徒の頭脳に刻みつけるであろう。そうして生徒自身の研究慾を誘発するであろう。
 日本の科学雑誌が色々ある、中には科学の抜殻だけを満載して中実《なかみ》は空虚なのもあるようである。そういうような雑誌で西洋人の研究発見発明などは下らぬものまで紹介しているが、日本の学者の面白い研究が正当に紹介される事は極めて稀である。たまたま紹介されると、それは新聞の三面記事のようなジャーナリズムの臭味の強烈なものであって、紹介された学者を赤面させるようなものである。
 これと同じような傾向が日本の科学教育全般に行きわたっているのではないかと疑う。日本人が科学的頭脳において西洋人に必ずしも劣らないという自信を生徒の頭に植え付ける事もかなり大事な事ではないかと思う。
 以上私の述べた事は少し乱暴に聞こえるかもしれない。しかしもし理科教育に従事さ
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