の衣服の人工的色彩は、なんとなくこせ/\した不調和な繼ぎ合せものゝやうに見えた。こんなものでも半年も戸外に吊して雨曝しにして自然の手にかけたら、少しは落着いたいゝ色調になるかも知れないと思つたりした。實際洗ひ曝しの鐵道工夫の青服などは、適當な背景の前には繪になるものゝ一つである。ヴェニスの美しさも半分は自然の爲によごれ曝されて居るおかげである。
乘り込んだ汽車は何處かの女學校の遠足で滿員であつた。汽車が動き出すと一團の生徒等は唱歌を唱ひ出した。それは何の歌だか分らないが、二部の合唱で、靜かな穩かな清らかな感じのするものであつた。汽車のゴー/\といふ單調な重々しい基音の上に、清らかに澄み切つた二つの音の流れがゆるやかな拍子で合つたり離れたり入り亂れて流れて行く。窓の外には更に清く澄み切つた空の光の下に、武藏野の秋の色の複雜な旋律とハーモニーが流れて行つた。
大宮驛で下りて公園迄ぶら/\歩いた。驛前の町には「螢五家寶」といふ御菓子を賣る店が並んで居る。此の「五家寶」といふ名前を見ると私の頭の中へは、いつでも埼玉縣の地圖が擴げられる。さうしてあのねち/\した豆の香を嗅ぐやうな思ひがする。
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