のような景色は珍しくて、そしていかにも明るく平和にのびのびした感じがする。これと言って特にさすもののないために一見単調なように見えるが、その中にかなり複雑な、しかし柔らかな変化は含まれている。あまりに強い日常の刺激に疲れたものの目にはこのようなながめがまたなくありがたい。
米を食って育っていながらこういう事をいうのはすまないが、水田というものの景色はなぜか私には陰気な不健康な感じを与える。またいくら広くてもその面積はわれわれの下駄《げた》ばきの足を容《い》れる事を許さないために、なんとなく行き詰まった窮屈な感じを与えるが、畑地ならば実際どこでも歩いて行けば行かれると思うだけでも自由なのびやかな気がする。
ねぎや大根が至るところに青々として、麦はまだわずかに芽を出した所があるくらいであった。このあいだまで青かったはずの芋の葉は数日来の霜に凍《い》ててすっかりうだったようになったのが一つ一つ丁寧に結び束ねてあった。
成増でおりて停車場の近くをあてもなく歩いた。とある谷を下った所で、曲がりくねった道路と、その道ばたに榛《はん》の木が三四本まっ黄に染まったのを主題にして、やや複雑な地形に
前へ
次へ
全35ページ中32ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング