放しの家で寝ると風邪《かぜ》をひいて腹をこわすかもしれない。○を押えると△があばれだす。天然の設計による平衡を乱す前にはよほどよく考えてかからないと危険なものである。
十一 毛ぎらい
子供の時から毛虫や芋虫がきらいであった。畑で零余子《むかご》を採っていると突然大きな芋虫が目について頭から爪先《つまさき》までしびれ上がったといったような幼時の経験の印象が前後関係とは切り離されてはっきり残っているくらいである。
芋虫などは人間に対して直接にはなんらの危害を与えるものでもなし、考えようではなかなかかわいいまた美しい小動物であるのに、どうしてこれが、この虫に対しては比較にならぬほど大きくて強い人間にこうした畏怖《いふ》に似た感情を吹き込むかがどうしてもわからない。
何かしら人間の進化の道程をさかのぼった遠い祖先の時代の「記憶」のようなものがこの理由不明の畏怖|嫌忌《けんき》と結びついているのではないかという疑いが起こし得られる。猿《さる》や鳥などが、その食料とするいろいろの昆虫《こんちゅう》の種類によって著しい好ききらいがあって、その見分けをある程度までは視覚によってつけ
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