受け持たせているのである。造化の設計の巧妙さはこんなところにも歴然とうかがわれておもしろい。
 こおろぎやおけらのような虫の食道には横道に※[#「口+素」、第4水準2−4−20]嚢《そのう》のようなものが付属しているが、食道直下には「咀嚼胃《カウマーゲン》」と名づける袋があってその内側にキチン質でできた歯のようなものが数列縦に並んでいる。この「歯」で食物をつッつきまぜ返して消化液をほどよく混淆《こんこう》させるのだそうである。ここにも造化の妙機がある。またある虫ではこれに似たもので濾過器《ろかき》の役目をすることもあるらしい。
 もしかわれわれ人間の胃の中にもこんな歯があってくれたら、消化不良になる心配が減るかとも思われるが、造化はそんなぜいたくを許してくれない。そんな無稽《むけい》な夢を描かなくても、科学とその応用がもっと進歩すれば、生きた歯を保存することも今より容易になり、また義歯でも今のような不完全でやっかいなものでなくてもっと本物に近い役目をつとめるようなものができるかもしれない。しかし一つちょっと困ったことには若くて有為な科学者はたぶん入れ歯の改良などには痛切な興味を感じにく
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