ち一部分に強震あるべし」という事がよほど確実なりと仮定せよ。この予報は各箇の市民にとりては幾分漠然たる予言者の声を聞くがごとき思いあるべし。五十年は個人の生命に対してあまりに短からず。その間に個人の生命も住所も如何になるべきか明らかならざるなり。しかれども日本政府の眼より見れば五十年は決して長からず、南海岸は邦土の一部分なり。この予報がなし得らるれば、これによりて国家が享《う》くべき直接間接の利益は少なからざるべし。
 噴火の場合もこれに同じ。仮りに科学的に信憑《しんぴょう》すべき根拠よりして、来る六十年ないし七十年間に某火山系に活動を予期し得るとせば、個人に対してはともかく、一県一道の為政者にとりては多大の参考となるべし。
 予報者と被予報者との意志の疎通せざる手近き原因は、予報の指定する範囲と被予報者の利害範囲の大きさの相違と、その公算的不整合を許容する程度の差異に帰すべしと思わる。
 最後に卑近なる例を挙げて所説を補わん。木の葉をつたい歩く蟻にとりては一粒一粒の雨滴の落つる範囲を方数ミリメートルの内に指定する事が必要なれども、吾人人間には多くの場合にただ雨量と称する統計的の数量が
前へ 次へ
全23ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング