実用的価値を定むべき標準なり。
 予報によりて直接間接に利便を感ずべき人間の精神的物質的状態は時並びに空間とともに変化しつつあり。従って天然界のある状態がその人間に有利なるか不利なるかは時と場所とによりて変化す。例えば水草を追って移牧する未開人にとりては時とともに利害の係る土地の範囲を移動す。また一つの都府の市民というごとき抽象的の団体を考うる時はその要素たる各個人とは独立に時とともに不変なる標準も考えらるれども、一般には必ずしも然らず。例えば一般の東京市民にとりては、夜半の小雨はあえて利害を感ぜざるべきも昼間の雨には無頓着ならず。また平日一般の日本国民は京都市の晴雨に対しては冷淡なるも、御大典《ごたいてん》当時は必ずしも然らざるべし。
 数学的の言葉を借りて云えば、各個人、市民、あるいは国民がある現象に対して利害を感ずる範囲は時間と空間とより組成されたる四元空間中において、ある面にて囲まれたる部分にて示す事を得べし。この部分は単独なる場合も、数箇なる場合もあるべし。
 自然現象の予報もまた同様に、時と空間のある範囲内に指定する時に始めて意義あるものとなる。例えば明日中某々地方に降雨あ
前へ 次へ
全23ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング