の格好なものが成長の萌芽《ほうが》となるであろうという想像がついたようである。この点ではやはり、物理界におけるいろいろな週期的不安定の現象、たとえば弾性板の週期的|反転《バクリング》の現象などとの類似を思わせる。
 金米糖といくぶん似たものは、「噴泉塔」と称せられるものである。温泉の噴出する口の周囲に、水に溶けた物質が析出沈積して曲線的|円錐体《えんすいたい》を作る。そうして、その表面に実にみごとな放射状ならびに円心状に週期的な凸凹を作ることがある。この場合にこれらの週期性を決定するものが何であるかと考えてみる際に、いちばん手近なものとして気のつくのは、液の熱的対流によって生ずる週期的円筒形|渦流《かりゅう》である。ともかくもこの場合に著しい対流の起こることは確実であるので、それがそういう場合に普通な柱状渦《ちゅうじょうか》を成して、その結果温度の週期的排列を生じ、従って沈積も空間的に週期的になる。そうして、ある大きさの週期のものが最も安定であって、それに因る沈積の結果から生ずる凹凸《おうとつ》が、ちょうどその渦流に好都合なような器械的条件に相応すれば、この凹凸は自然に規則正しく発育成長するのが当然である。
 これは少し脱線であるが、珊瑚礁《さんごしょう》を作るような珊瑚のうちに、上記の噴泉塔とも類似し、またシャボテンのうちに瓜《うり》のような格好で、縦に深く襞《ひだ》のはいったのがある、あれともいくらか似た形のものがある。ある時そういう珊瑚《さんご》の標本の写真を見ていたときに、これも何かやはり対流による柱状渦《ちゅうじょうか》と関係があるのではないかという空想が起こった。こういう生物群体の表面に沿うて何かの原因で温度あるいは濃度差による対流の起こることは可能であり、それがあるとすればその対流の結果は生物の成長に必然的に反応するであろうと思われる。とにかく、天然がただものずきや道楽であのような週期的な構造を製作するとは思われないので何かそこに物理的な条件が伏在するであろうと想像するのはやむを得ない次第である。しかしこれはそう思ったというだけのことでなんら具体的の事実を調べたわけではない。
 丸皿形《まるざらがた》のボルタメーターで、皿の内面に沈着する銀がやはりこの「シャボテン式」の放射線状の縞《しま》を成すは周知のことで、この場合は、濃度差による対流渦《たいりゅうか》の結果であることは疑いもないことであろう。
 対流渦による波状雲のことは今さら述べるまでもないが、これに類似の縞は、近ごろ「墨流し」の実験をしているときに、最初表面に浮かんだ墨汁《ぼくじゅう》の層が、時がたつに従って下層の水中に沈む場合にもかなりきれいに発達するのを見ることができた。
 もう一つ対流渦による週期的現象で珍しいのは「構造土」と名づけられるもので、たとえば乗鞍岳《のりくらだけ》頂上の鶴《つる》が池《いけ》、亀《かめ》が池《いけ》のほとりにできる、土砂と岩礫《がんれき》による亀甲模様《きっこうもよう》や縞模様である(1)[#「(1)」は注釈番号]。これは従来からも対流渦によるものとはされていたが、実際の生成機巧についてはいろいろ想像説があるに過ぎなかった。近ごろ理学士|藤野米吉《ふじのよねきち》君が、液の代わりに製菓用のさらし餡《あん》を水で練ったものの層に熱対流を起こさせる実験を進めた結果、よほどまで、上記自然現象の機巧の説明に関する具体的な資料を得たようである。またこれによって乳房状積雲《ちぶさじょうせきうん》とはなはだしく似た形態も模倣することができた。
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(1) これについてはかつて藤原《ふじわら》博士が地理学評論誌上で論ぜられた事がある。
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 以上のものとは少し違った部類のものであるが、氷柱や鐘乳石《しょうにゅうせき》が簡単な円錐形《えんすいけい》または紡錘形となる代わりに、どうかすると、表面に週期的の皺《しわ》を生じ、その縦断面の輪郭が波形となることがある。この原因についてもあまりよく知る人がないようである。この場合にもやはり表面を流下する液体の運動にある週期性があって、それがまた同時に氷結と融解、あるいは析出と沈着との週期性を支配するものである、とまでは想像しても悪くないであろう。しかしこの場合にも熱的対流が関係するか、それとも、単に流水層の渦層《かそう》の器械的不安定によるものであるかは、今後の詳細な実験的研究によってのみ決定さるべきであろう。
 次に思い及ぶものは、だれもが昔からよく問題にする、水の波や流れやまたは風による砂泥《さでい》の波形である。これは、地面に近く、水平流速の垂直分布に急な変化があるために存する渦動層が、不安定のために個々の渦柱に分裂する結果であろう
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