は、間に合わない筋のものであろうと思われる。この点から考えてこの樹葉の紋の研究も決して閑人《ひまじん》のむだ仕事ではないであろう。
縞瑪瑙《しまめのう》の縞がリーゼガング類似の現象によって生じたものだということになっているらしいが、あの不規則な縞がそれだけでうまく説明されるかどうか、ここにも疑問があると思われる。
また少し脱線ではあるが雲紋竹《うんもんちく》と称して、竹の表面に褐色《かっしょく》の不規則な輪紋を呈したものがある。これは人工的加工でこしらえたものも多いようであるが、もとはやはり天然の植物|黴菌《ばいきん》か何かでできたものがあるのではないかと思われる。そう言えば培養された黴菌の領土の型式の中にも多少類似のものがあったように思うが、これも何かの思い違いかもしれない。しかしそういういろいろな生物学的方面における形態的類型にも注意を怠らないようにしたいものだと思う。案外、そういう方面から有益な手掛かりを得られないとも限らないからである。
樹木の年輪や、魚類の耳石の年輪や、また貝がらの輪状構造などは一見明白な理由によって説明されるようではあるが、少し詳細に立ち入って考えるとなると、やはりわからないことがかなりありそうである。木の年輪にしても、これを支配する気象的要素の週期曲線はともかくもかなり平滑で連続的であるのに、杉《すぎ》の木の断面の半径に沿うての物理的性質の週期的曲線は必ずしも連続的平滑ではないのである。鮭《さけ》の耳石の環状構造にしても、一年の間に存するたくさんの第二次週期の意味がわかりにくい。それはそれとしても、ともかくも気象変化の週期性に反応し、あるいは共鳴するだけの週期性が内在するのでなければこういう現象は起こらないのではないかと考えられる。
岩塩の縞《しま》の数から沈積期間の年代の推算をした人もあるが、これにも多くの疑問が残されるであろう。砂岩や凝灰岩の縞なども、やはりこれらと連関して徹底的に研究さるべき題目であろう。
岩石に関してはまだ皺襞《しゅうへき》や裂罅《れっか》の週期性が重要な問題になるが、これはまた岩石に限らず広く一般に固体の変形に関する多種多様な問題と連関して来るのである。
弾性体の皺襞については従来「弾性的不安定」の問題として理論的にもかなりたびたび取り扱われたもので、工学上にもいろいろの応用のあるのはもちろんであるが、また一方では、平行山脈の生成の説明に適用されたり、また毛色の変わった例としては、生物の細胞組織が最初の空洞球状《くうどうきゅうじょう》の原形からだんだんと皺《しわ》を生じて発達する過程にまでもこの考えを応用しようと試みた人があるくらいである。しかし単なる理論のテストでなく、現象を精察する意味での実地的方面の研究はかえって少ないようであるが、わが国で地球物理の問題に関係して藤原《ふじわら》博士や徳田《とくだ》博士の行なわれたいろいろの実験はこの意味においてきわめて興味の深い有益なものである。それからこれは少し変なものではあるが猫《ねこ》の毛並みにも時として週期性の縞状の疎密を呈することがある。あれもこの皺の問題といくぶん連関しているらしく思われるが詳しいことはわからない。これも一つの問題ではある。
裂罅、あるいは「われめ」の生成は皺襞と対立さるべきものでやはり一種の不安定によって定まるものであろうが、このほうの研究はまだきわめて進捗《しんちょく》していない。理論的に言えば、破壊の起こる直前までの過程についてはプラスティックな物体の力学からある程度まではこぎつけられるが、ほんとうに破壊が起こり始めたが最後、もう始めの微分方程式も境界条件も全部無効になるから、これらの理論はその後の事がらについては全く一言の権利もなくなってしまう。それで、たとえば理論から出した最大|剪断応力《せんだんおうりょく》の趨向《すうこう》を示す線系が、実物試片のリューダー線や、「目に見える割れ目」とだいたい一致していたとしても、それは言わば偶然であって、必ずしもそうならなければならないというだけの根拠はまだ具備していないのである。それはいいとしても、ここでもまた、並行した割れ目の週期性に関する説明となると、現在のところでは全く何事もわかっていないと言わなければならない。だれであったか先年ドイツの雑誌で単晶の針金のすべり面の数が針金の弾性的高周波振動できまるという説を出したことがあったようであったが、これもあまりふに落ちない説であった。自分もかつて、砂層の変形の繰り返しによって生ずる週期的すべり面の機巧から推して、単晶体の週期的すべり面の機巧を予想してみたこともあったが、これとても決して充分だと思われない、最近にガラス面に沿うて電気火花を通ずる時にその表面にできる微細な顕微鏡的な週期的の割れ目
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