たが、もとより夫婦の顔は全くちがった顔で、普通の意味で少しも似たところはなかった。そのうちに子供の顔を注意して見るとその子は非常によく両親のいずれにも似ていた。父親のどこと母親のどことを伝えているかという事は容易にわかりそうもなかったが、とにかく両親のまるでちがった顔が、この子供の顔の中で渾然《こんぜん》と融合してそれが一つの完全な独立なきわめて自然的な顔を構成しているのを見て非常に驚かされた。それよりも不思議な事は、子供の顔を注視して後に再び両親の顔を見比べると、始め全く違って見えた男女の顔が交互に似ているように思われて来た事である。このような現象を心理学者はどう説明するだろうか。たしかにおもしろい問題にはなるに相違ないと思った。それからまた一方では親子の関係というものの深刻な意味を今さらのように考えたりした。もう一つ、これはK君の話だが、同君の友人の二男が、父親よりも生母よりもかえって、父の先妻、しかもなくなった先妻にそっくりなので、始めて見たK君は、一種名状のできないショックを感じたそうである。K君の認めた相似が全くオブジェクティヴだとすると、現在の科学はこの説明を持てあますだろ
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