という事なしに肩の凝りがすうっと解けるような気がするものである。
そういうふうにうまく行った所はもう二度といじるのが恐ろしくなる。それをかまわず筆をつける時にはかなりヒロイックな気持ちになる。しかしそれをやるときっと手が堅くなっていじけて、失敗する場合が多い。進歩という事にさえかまわなければ手をつけないでそのままに安んじておくほうがいわゆる処生の方法とも暗合して安全であるかもしれない。
それで自画像第四号もとうとう仕上げずにやめてしまった。第三号は第一号のように意地の悪い顔であったがこの第四号は第二号のように温厚らしくできた。二重人格者の甲乙の性格が交代で現われるような気がした。
今度は横顔でもやってみようと思って鏡を二つ出して真横から輪郭を写してみたら実に意外な顔であった。第一鼻が思っていたよりもずっと高くいかにも憎々しいように突き出ていて、額がそげて顋《あご》がこけて、おまけに後頭部が飛び出していてなんとも言われない妙な顔であった、どこかロベスピールに似ているような気がした。とにかく正面の自分と横顔の自分を結びつけるのがちょっと困難に思われた。かつて写真屋のアルバムで知らぬ人
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