うな話がもてはやされたようである。実際そう言われればだれでもちょっと不思議な気がしないわけには行かないであろう。
 ある特定の事がらが三回相互に無関係に起こるとする。そうしてそのおのおのが七曜日のいずれに起こる確率も均等であると仮定すれば、三度続けて金曜日に起こるという確率は七分の一の三乗すなわち三百四十三分の一である。しかしこれはまた、木曜が三度来る確率とも同じであり、また任意の他の組み合わせたとえば、「木金土」、「月水金」……となるのとも同じである。しかしもしこれがたとえば木金土という組み合わせで起こったとしたら、だれも不思議ともなんとも思わないであろう。それだのに、同じ珍しさの「金金金」を人は何ゆえ不思議がるであろうか。
 三百四十三の場合の中で「同じ」名前の三つ続く場合は七種、これに対して「三つとも同じではない」場合が三百三十六種、従って二つの場合の種別数の比は一対四十八である。人々の不思議はこの対比から来ることは明らかである。
 三つ同じという場合だけを特に取り出して一方に祭り上げ、同じでないというのを十|把《ぱ》ひとからげに安く踏んで同じ所へ押し込んでしまうということは、抽象的な立場からは無意味であるにかかわらず人間的な立場からはいろいろの深い意味があるように思われる。これを少し突っ込んで考えて行くとずいぶん重大な問題に触れて来るようである。しかし今それをここで取り扱おうというのではない。
 現在の「金曜三つ」の場合でも、人々は通例同様の事件でしかも金曜以外の日に起こったのは、はじめから捨ててしまって問題にしないのである。そうして金曜に起こったのだけを拾い出して並べて不思議がるのが通例である。この点が科学者の目で見た時に少しおかしく思われるのである。今度の場合が偶然ノトリアスに有名な「金曜」すなわち耶蘇《やそ》の「金曜」であったので、それで、「曜」が問題になり、前の首相の場合を当たってみると、それがちょうどまた金曜であった。そうして過去の中からもう一つの「金曜」が拾い出されたというのが、実際の過程であろう。
 これと似通《にかよ》っていて、しかも本質的にだいぶ違う「金曜日」の例が一つある。
 私は過去十何年の間、ほとんど毎週のように金曜日には、深川《ふかがわ》の某研究所に通《かよ》って来た。電車がずいぶん長くかかるのに、電車をおりてからの道がかなりあって、しかもそれがあまり感じのよくない道路である。それで特に雨の降る日などは、この金曜日が一倍苦になるのであった。ところが妙なことには、どうかして金曜日に雨のふるまわりが来ると、来る週も来る週も金曜日というと雨が降る。前日まではいい天気だと思うていると、金曜の朝はもう降っているか、さもなくば行きには晴れであったのが帰りが雨になる。こういうことをしばしば感じるのである。そうかと思うとまた天気のいい金曜が続きだすとそれが幾週となく継続することもあるように思われた。もちろん他の週日に降る降らぬは全く度外視しての話である。
 これもやはり、他の多くの場合と同様に自分の注目し期待する特定の場合の記憶だけが蓄積され、これにあたらない場合は全然忘れられるかあるいは採点を低くして値踏みされるためかもしれない。しかし必ずしもそういう心理的の事実のみではなくて、実際に科学的な説明がいくぶんか付け得られるかもしれない。それは気圧変化にほぼ一週間に近い週期あるいは擬似的週期の現われることがしばしばあるからである。
 朝鮮で三寒四温という言葉があるそうで、これはまさに七日の週期を暗示する。自分が先年、東京における冬季の日々の気圧を曲線にして見たときに著しい七日ぐらいの週期を見たことがある。これについてはすでに専門家のまじめな研究もあるようであるから、時々同じ週日に同じ天気がめぐって来ても、これはそれほど不思議ではないわけである。
 深川の研究所が市の西郊に移転した。この新築へ初めて出かけた金曜日が雨、それから四週間か五週間つづけて金曜は天気が悪かった。耶蘇《やそ》のたたりが千九百三十年後の東洋の田舎《いなか》まで追究しているのかと冗談を言ったりした。ところがやっと天気のいい金曜の回りがやって来て、それから数週間はずっとつづいた。そうしたある美しい金曜日の昼食時に美しい日光のさした二階食堂でその朝突発した首相遭難のことを聞き知った。それからもいまだに好晴の金曜がつづいている。昼食後に研究所の屋上へ上がって武蔵野《むさしの》の秋をながめながら、それにしてももう一ぺん金曜日の不思議をよく考え直してみなければならぬと思うのである。

     地震国防

 伊豆《いず》地方が強震に襲われた。四日目に日帰りで三島町《みしままち》まで見学に出かけた。三島駅でおりて見たが瓦《かわら》が少し落ちた家があるくらい
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