らないかもしれない。しかしそういう場合に、もし感情は感情として、ほんとうの学問のために冷静な判断を下し、泥土《でいど》によごれた玉を認めることができたら、世界の、あるいはわが国の学問ももう少しどうにかなるかもしれない。
日本人の仕事は、それがある適当な条件を備えたパッスを持つものでない限り容易には海外の学界に認められにくい。そうして一度海外で認められて逆輸入されるまではなかなか日本の学界では認められないことになっている。海外の学界でもやはり国際的封建的の感情があり、またいろいろな学閥があるので、ことに東洋人の独自の研究などはなかなか目をつけないのであるが、しかしたとえ東洋人のでもそれがほんとうにいいものでさえあれば、ついにはそれを認めるということにならないほどに世界の学界は盲目ではないから、認められなくとも不平など起こさないで、きげんよく根気よく研究をつづけて行けば結局は立派なものになりうるであろう。多くの人からあんなつまらないことと言われるような事がらでも深く深く研究して行けば、案外非常に重大で有益な結果が掘り出されうるものである。自然界は古いも新しいもなく、つまらぬものもつまるものもないのであって、それを研究する人の考えと方法が新しいか古いか等が問題になるのである。最新型の器械を使って、最近流行の問題を、流行の方法で研究するのがはたして新しいのか、古い問題を古い器械を使って、しかし新しい独自の見地から伝統を離れた方法で追究するのがはたして古いかわからないのである。
今年物理学上の功績によってノーベル賞をもらったインド人ラマンの経歴については自分はあまり確かな事を知らないが、人の話によると、インドの大学を卒業してから衣食のために銀行員の下っぱかなんかを勤めながら、楽しみにケンブリッジのマセマチカル・トライポスの問題などを解いて英国の学者に見てもらったりしていた。そんな事から見いだされてカルカッタ大学の一員になったのが踏み出しだそうである。始めのうちは振動の問題や海の色の問題や、ともかくも見たところあまり先端的でない、新しがり屋に言わせれば、いわゆる古色|蒼然《そうぜん》たる問題を、自分だけはおもしろそうにこつこつとやっていた。しかし彼の古いティンダル効果の研究はいつのまにか現在物理学の前線へ向かってひそかにからめ手から近づきつつあった。研究資金にあまり恵まれな
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