観念の幅をきかす余地がある。たとえば液体の運動でもいわゆる混乱運動(turbulent motion)を論ずる時にはオスボルン・レーノルズが行なったような特殊な取り扱いが必要になって来る。ここにも、エントロピーや温度の観念の拡張さるべき余地があるのではあるまいか。これに類した問題は液体の交流に関するものである。
 現今物理学の研究問題は、分子、原子、エレクトロン、エネルギー素量となって、至るところに混乱系が跳梁《ちょうりょう》している。プロバビリティの問題、エントロピーの時計の用途は存外に広いという事を思い出すに格好な時機ではあるまいか。
 時。エントロピー。プロバビリティ。この三つは三つ巴《どもえ》のようにつながった謎の三位一体である。この謎の解かれる未来は予期し難いが、これを解かんと努めるのもあながちむだな事ではあるまい。



底本:「日本の名随筆91 時」三木卓編、作品社
   1990(平成2)年5月25日第1刷発行
※また、底本の誤記等を確認するにあたり、「寺田寅彦全集」(岩波書店)を参照しました。
入力:富田倫生
校正:かとうかおり
2000年10月3日公開
2003年10月30日修正
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