とされた限りなき忍従の徳を賛美する歌を歌っていたようなものかもしれない。
右手と左手との運動を巧みに対応させコーオルディネートさせる呼吸がなかなかむつかしいもので、それができないと紡がれた糸は太さがそろわなくて、不規則に節くれ立った妙な滑稽《こっけい》なものにできそこねてしまうのである。自分など一二度試みてあきれてしまってそれきり断念したことであった。
ひと年かふた年ぐらい裏の畑に棉《わた》を作ったことがあった。当時子供の自分の目に映じた棉の花は実に美しいものであった。花冠の美しさだけでなくて花萼《かがく》から葉から茎までが言葉では言えないような美しい色彩の配合を見せていたように思う。観賞植物として現代の都人にでも愛玩《あいがん》されてよさそうな気のするものであるが、子供のとき宅《うち》の畑で見たきりでその後どこでもこの花にめぐり合ったという記憶がない。考えてみると今どき棉を植えてみたところで到底商売にも何にもならないせいかもしれない。もっとも、統計で見ると内国産|棉実《めんじつ》千トン弱とあるから、まだどこかで作っているところもあると見えるが、輸入数十万トンに対すればまず無いも同
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