し、加州大学、スタンフォード大学、加州及びマサチュセッツのインスチチュート・オブ・テクノロジーその他で、講義、あるいは非公式談話をした。帰路仏国へ渡ってパリでも若干の講演を試みた。三月九日帰朝早々から風邪を引き、軽い肺気腫の兆候があるというので大事を取って休養していたが、一度快くなって、四月五日の工学大会に顔を出したが、その翌日の六日の早朝から急性肺炎の症状を発して療養効なく九日の夕方に永眠した。生前の勲功によって歿後勲一等に叙し瑞宝章《ずいほうしょう》を授けられた。これは学者としてほとんど類例のないことだという。これも同君の業績が如何に優れたものであったかを証明するものであろう。これ以外にも学界その他から得た栄誉の表章は色々あるがここには述べ悉《つく》し難い。
 末広君の学術方面の業績は多数にあって到底ここで詳しく紹介することは出来ないし、またそれは工学方面の事に迂遠な筆者の任でもないが、手近な主だったものだけを若干列挙してみると次のようなものがある。
 平板に円孔を穿《うが》ったものの伸長変形に関する理論と実験の結果を比べたものが学位論文となっている。今日でこそ珍しくないであろうが、当時ではかなりオリジナルな面白い試みであったと思われる。船舶工学方面の研究では、波浪による船のヨーイングに関するもの、同じくドリフトに関するもの、いずれも理論的計算のみならず、簡単な模型実験を行ってその結果を比較したものである。これらは英国造船協会の雑誌に掲載され、当時の学界の注意を引いたものである。同協会から賞牌を贈られたのは多分これに関聯してではなかったかと想像される。また船舶の胴体に働く剪断応力《せんだんおうりょく》の分布について在来の考えの不備な点を考察した論文がある。これも重要なもので、多くの外国の教科書等にも同君のこの論文が引用されている。また船が進水した時に気温と水温との差違のために意外な応力を生じる。これも以前には誰も詳しく研究したものがなかったのを末広君が初めて正当な解釈を与えた。また陸上では起らぬようなタービンの故障が舶用タービンでしばしば起るのはタービン・ディスクの廻転に船の動揺が作用するためのジャイロスコピック・アクションに起因する盤の振動によるものであろうということに着目して、この不可解の問題を解決した。これらと聯関して舶用のタービン・ロートルのダイナミカル
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