た禁令があるかもしれないが、読者の要求に対しては不親切であると思われる。
 墨の製法を書いた本はないかと思って気をつけて見たが、なかなか見つからない。化学的染料塗料色素等に関する著書はずいぶんたくさんにあるが、古来のシナ墨、それは現在でもまだかなりに実用に供されているあの墨の詳しい製法を書いたものは容易に見つからない。昔の随筆物なども物色してみたし、古書展覧会などもあさって歩いたがやっぱり自分の目的に適合するものは無い。ところが、自分の研究所のW君のにいさんが奈良《なら》県の技師をしておられるというので、これに依頼して、本場の奈良で詮議《せんぎ》してもらったら、さっそく松井元泰《まついげんたい》編「古梅園《こばいえん》墨談」という本を見つけて送ってくれたので、始めてだいたいの具体的知識に有りついた。なお後にこのほかに松井元惇《まついげんじゅん》の「梅園日記」というもののある事をも知った。ともかくこれで製造法のまねぐらいはできるようになった。自分の最初の捜し方が拙であったことはたしかであるが、それにしても、本屋に並んでいる書物が「類型的」であり「非独創的」であり、「懸崖《けんがい》作《づ
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