寺田寅彦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)祭壇を下ろし煤《すす》を払い雑巾《ぞうきん》をかけて

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一々|布巾《ふきん》で清めて

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ](明治三十二年十一月『ホトトギス』)

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)キュー/\となるのを
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 毎年春と秋と一度ずつ先祖祭をするのがわが家の例である。今年の秋祭はわが帰省中にとの両親の考えで少し繰り上げて八月某日にする事ときめてあったが、数日来のしけで御供物肴がないため三日延びた。その朝は早々起きて物置の二階から祭壇を下ろし煤《すす》を払い雑巾《ぞうきん》をかけて壇を組みたてようとすると、さて板がそりかえっていてなかなか思うようにならぬのをようやくたたき込む。その間に父上は戸棚から三宝《さんぼう》をいくつも取下ろして一々|布巾《ふきん》で清めておられる。いや随分乱暴な鼠の糞《ふん》じゃ。つつみ紙もところどころ食い破られた跡がある。ここに黄ばんだしみのあるのも鼠のいたずらじゃないかしらんなど独語を云いながら我も手伝うておおかた三宝の清めも済む。取散らした包紙の黴臭《かびくさ》いのは奥の間の縁へほうり出して一ぺん掃除をする。置所から色々の供物《くもつ》を入れた叺《かます》を持ってくる。父上はこれに一々|水引《みずひき》をかけ綺麗にはしを揃えて、さて一々青い紙と白い紙とをしいた三宝へのせる。あたりは赤と白との水引の屑が茄子《なす》の茎|人蔘《にんじん》の葉の中にちらばっている。奥の間から祭壇を持って来て床の中央へ三壇にすえ、神棚から御厨子《みずし》を下ろし塵を清めて一番高い処へ安置し、御扉をあけて前へ神鏡を立てる。左右にはゆうを掛けた榊台《さかきだい》一対。次の壇へ御洗米と塩とを純白な皿へ盛ったのが御焼物の鯛をはさんで正しく並べられる。一番大きな下の壇へは色々な供物の三宝が並べられる。先ず裏の畑の茄子|冬瓜《とうが》小豆《あずき》人参里芋を始め、井戸脇の葡萄塀の上の棗《なつめ》、隣から貰うた梨。それから朝市の大きな西瓜《すいか》、こいつはごろごろして台へ載りにくかったのをようやくのせると、神様へ尻を向けているのは不都合じゃと云い出して
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