喧嘩《けんか》などもする。そう云う風であるから自然|細君《さいくん》といさかう事もあるそうだ。それを予《あらかじ》め知っておらぬと細君も驚く事があるかも知れぬが根が気安過ぎるからの事である故驚く事はない。いったい誰れに対してもあたりの良い人の不平の漏らし所は家庭だなど云う。室《へや》の庭に向いた方の鴨居に水彩画が一葉隣室に油画が一枚掛っている。皆不折が書いたので水彩の方は富士の六合目で磊々《らいらい》たる赭土塊《あかつちくれ》を踏んで向うへ行く人物もある。油画は御茶の水の写生、あまり名画とは見えぬようである。不折ほど熱心な画家はない。もう今日の洋画家中唯一の浅井|忠《ちゅう》氏を除けばいずれも根性の卑劣な※[#「女+瑁のつくり」、第4水準2−5−68]嫉《ぼうしつ》の強い女のような奴ばかりで、浅井氏が今度洋行するとなると誰れもその後任を引受ける人がない。ないではないが浅井の洋行が厭《いや》であるから邪魔をしようとするのである。驚いたものだ。不折の如きも近来評判がよいので彼等の妬《ねた》みを買い既に今度仏国博覧会へ出品する積《つも》りの作も審査官の黒田等が仕様もあろうに零点をつけて不合格
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