間はだんだんにうぐいすに教育されて来たものと思われる。うぐいすの鳴くころになると、山野は緑におおわれ、いろいろの木の実、草の実がみのり、肌を刺す寒い風も吹かなくなるということを教えられたに相違ない。うぐいすの声がきらいな人などありようはない。
星野温泉の宿の池に毎朝|水鶏《くいな》が来て鳴く。こぶし大の石ころを一秒に三四ぐらいのテンポで続けざまにたたき合わせるような音である。それが、毎朝東の空がわずかに白みかけるころにはきまってたたきに来る。そっと起き出して窓からのぞいて見ても姿は見えない。ひとしきり鳴くと鳴きやみ、あたりがしんとする。しばらくすると今度は一町ぐらい下のほうの池で鳴いているらしい。この水鶏が鳴いてからしばらくするとほととぎすが鳴いて通る。それがいつも同じ方向から鳴いて来て、また別のきまった方向へ鳴いて行くようである。それが通り過ぎてからしばらくすると、今度は宿の浴室のほうでだれかガーガーゲーゲーと途方もない野蛮な声を出して咽喉や舌のつけ根の掃除をする浴客がある。水鶏やほととぎすの鳴き声がいかにも静寂であるのに引きかえて、この人間の咽喉をせんたくする音が、なぜこんなにも
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