が全く見えないことがあるかと思うと、雨の降るのに頂上までありあり見えることもある。この天然の大仕掛けの気象観測機械を利用することを知らない科学はまだ幼稚なものである。
グリーンホテルからの眺望には独特なものがある。常緑樹林におおわれた、なだらかなすそ野の果ての遠いかなたの田野の向こうには、さし身を並べたような山列が斜め向きに並び、その左手の山の背には、のこぎり歯というよりは乱杭歯《らんぐいば》のような凹凸《おうとつ》が見える。妙義の山つづきであろう。この山系とは独立して右のかたはるかにそびえている雄大な山塊は八が岳であろう。ここから見て初めて八が岳の大きさ高さが納得できるような気がした。
ホテルの付近の山中で落葉松《からまつ》や白樺の樹幹がおびただしく無残にへし折れている。あらしのせいかと思って聞いてみると、ことしの春の雪に折れたのだそうである。降雨のあとに湿っぽい雪がたくさん降って、それが樹冠にへばりついてその重量でへし折られたそうである。こういう雪の山路に行き暮れて満山の雪折れの音を聞くということは、想像するだけでも寒いようである。
ホテルの三階のヴェランダで見ていると、庭前
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