》んだ雌のひとり天下になると見える。蜜蜂《みつばち》やかまきりの雄の運命ともよく似たところがあるのである。蜜蜂の雄虫は生殖の役目を果たすと同時に空中から石のごとく墜《お》ちて死ぬ。かまきりの雄は雌に食われてその栄養になる。こういう現象の共通性はどうも偶然とは思われない。種族の保存上必要な天然の経済理法によるものかもしれない。人間の場合にこの理法がどういうふうに適用されるものか、それはわからない。しかし、妻子を食わせるために犠牲になって枯死する人間の多いことだけは事実である。しかし、結局人間でも昆虫《こんちゅう》でも植物でも、そうして死ぬることによって自分の生命を未来に延長させているのである。
ヴェランダの上にのせた花瓶《かびん》代用の小甕《こがめ》に「ぎぼし」の花を生けておいた。そのそばで新聞を読んでいると大きな虻《あぶ》が一匹飛んで来てこの花の中へもぐり込む。そのときに始めて気のついたことは、この花のおしべが釣《つ》り針《ばり》のように彎曲《わんきょく》してその葯《やく》を花の奥のほうに向けていること、それからめしべの柱頭はおしべよりも長く外方に飛び出してしかもやはり同じように曲が
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