見当たらない。時候がちがうのか、それとも実が実として存在する期間が短く、実がなるや否や爆裂して木《こ》っ葉《ぱ》みじんになるためなのか、どうか、よく確かめようと思っているうちに帰京の期が迫って果たさなかった。ただこの見ぬ恋の「かんしゃく草」にめぐり会い、その花だけでもつかまえ得たことに人知れぬ喜びを感じている次第である。
「あの草は、どれでもみんな二枚ずつ葉が紅葉している」と言って子供が注意したのを調べてみると、それは「たかとうだい」という植物であった。よく見ると必ずしも二枚とは限らないが、しかし数十の柳のような葉の二枚だけ紅葉しているのが多いということだけは事実であった。そうしてその二枚が必ずしも茎の上端とか下端でなく、中途の高さにあるのは全く不可思議である。そうしていっそうおもしろいのはこの草の花である。地上からまっすぐに三尺ぐらいの高さに延び立ったただ一本の茎の回りに、柳のような葉が輪生し、その頂上に、奇妙な、いっこう花らしくない花が群生している。肉眼で見る代わりに低度の虫めがねでのぞいて見ると、中央に褐色《かっしょく》を帯びた猪口《ちょく》のようなものが見える。それがどうもおし
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