踊りにはふさわしく美しく見えたが、洋装のお嬢さんたちのはどうも表情体操でも見るようで、おかしくはないが全くなんの情味もないものに思われた。それからまた、浴衣《ゆかた》に頬《ほお》かぶりの男はいいが、その頬かぶりの中からロイドめがねの光っているのも不思議な見ものである。いちばん板について見えるのはやはりふだん着のままで踊る宿の女中や村嬢たちの姿であろう。
 踊りの興がたけなわな最中を、全く無関心で静かに眠っている小さな生命があった。それは宿の前の池のあひるである。この前に来たときは橋より下流の大きい池にばかり泳いでいたのが、その後に一度下の池で花火を上げてから以来上の池へ移って、それきり、どうしても、橋一つ隔てた下の池へは行かなくなったそうである。そうして、一日じゅうの大部分は藤棚《ふじだな》の下の浅瀬で眠ったり泥《どろ》の中をせせったりして暮らしている。夜になると下流の発電所への水の供給が増すせいであろう、池の水位が目に立つほど減って、浅瀬が露出した干潟《ひがた》になる。盆踊りを見ての帰りに池面のやみをすかして見るとこの干潟の上に寂寞《じゃくまく》とうずくまっていることもあり、何かしら
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