てまた初手からやり直しになる。すると、拡声器の調節が悪いためか、歌がちょうど咽喉《のど》にでも引っかかるようにひっかかってぷつりぷつりと中断する。みんなが笑いだす。そういうことを何度も繰り返していた。
 十五日の晩は雨でお流れになるかと思ったらみんな本館の大広間へ上がって夜ふけるまで踊り続けていた。蓄音器の代わりに宿の女中の一人が歌っているということであった。人間のほうが器械の声よりもどんなに美しいか到底比較にならないのであるが、しかしいわゆる現代人にはこの雑音だらけの拡声器の音でないと現代の気分が出ないというのであろう。夜のふけるに従って歌の表情が次第に生き生きした色彩を帯びて来た。手拍子の音が気持ちよくそろって来るのは妙なものである。
 十七日は最終の晩だというので、宵《よい》のうちは宿の池のほとりで仕掛け花火があったりした。別荘の令嬢たちも踊り出て中には振袖姿《ふりそですがた》の雛様《ひなさま》のようなのもあった。見物人もおおぜい集まって来た。中には遠くから自動車で見に来る人もあるらしかった。
 年の行かない令嬢が振袖に織物の帯を胸高にしめて踊るのがなんと言ってもこういう民族的の
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