見当たらない。時候がちがうのか、それとも実が実として存在する期間が短く、実がなるや否や爆裂して木《こ》っ葉《ぱ》みじんになるためなのか、どうか、よく確かめようと思っているうちに帰京の期が迫って果たさなかった。ただこの見ぬ恋の「かんしゃく草」にめぐり会い、その花だけでもつかまえ得たことに人知れぬ喜びを感じている次第である。
「あの草は、どれでもみんな二枚ずつ葉が紅葉している」と言って子供が注意したのを調べてみると、それは「たかとうだい」という植物であった。よく見ると必ずしも二枚とは限らないが、しかし数十の柳のような葉の二枚だけ紅葉しているのが多いということだけは事実であった。そうしてその二枚が必ずしも茎の上端とか下端でなく、中途の高さにあるのは全く不可思議である。そうしていっそうおもしろいのはこの草の花である。地上からまっすぐに三尺ぐらいの高さに延び立ったただ一本の茎の回りに、柳のような葉が輪生し、その頂上に、奇妙な、いっこう花らしくない花が群生している。肉眼で見る代わりに低度の虫めがねでのぞいて見ると、中央に褐色《かっしょく》を帯びた猪口《ちょく》のようなものが見える。それがどうもおしべらしい。その杯状のものの横腹から横向きに、すなわち茎と直角の方向に飛び出している浅緑色の袋のようなものがおしべの子房であるらしく、その一端に柱頭らしいものが見える。たいていの花では子房が花の中央に君臨しているものと思っていたのに、この植物ではおしべが中軸にのさばっていてめしべのほうが片わきに寄生したようにくっついているのである。ところが、また別の茎を取って点検してみると、花が盛りを過ぎてすでに受胎を終わったと思われるのがある。そういうのだと、結実した子房はちゃんと花の中心に起き直って、今まで水平の方向を向いていた柱頭が垂直に天上をさしている。すなわち直角だけ回転している。そうして、おしべはと見るとどこへ行ったかわからない。よく見ると子房の基底部にまっ黒くひからびた虫の糞《ふん》のようなものがある。それが役目を果たしたおしべの残骸《ざんがい》らしく思われる。それが、はち切れそうに肥大した子房の尻《しり》に敷かれて哀れをとどめているのである。
種の保存の任務を果たす前は雄が中央にのさばって雌を片わきに押しよせている。それが、役目がすむと直ちに枯死してしまった、あとは、次の世代を胎《はら
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