ない。「なばりの山」もあるから。
朝鮮の「ムール」は蒙古語《もうこご》らしい。カルカ語の川は 〔mu:re:n〕 である。
人間の頭部「かうべ」「くび」に連関して「かぶと」「かむり(冠)」「かぶり」「かぶ(株)」「かぶ(頭)」「くぶ(くぶつち)」「こぶ(瘤)」「かぶら(蕪菁)またかぶ」「かぶら(鏑)」「こむら(腓)」「こむら(※[#「木+越」、第3水準1−86−11])」などが連想される。これに対して想起される外国語ではまず英語でもあり、ラテンの語根でもあるところの cap がある。青森《あおもり》の一地方の方言では頭が「がっぺ」である。ラテンの caput は兜《かぶと》とほぼ同音である。独語の Kopf, Haupt も同類と考えられる。ギリシアの κεψαλ※[#アキュートアクセント付きη、193−上−11], マレイの kpala は「かむり」「かぶり」の類である。
和名鈔《わみょうしょう》には「顱《ろ》 和名加之良乃加波長《わみょうかしらのかはら》 脳蓋也《のうがいなり》」とあるそうで「カハラ」は頭の事である。ギリシアやマレイとほとんど同一である。
アラビアの頭骨 qahfun は「カフフ」で「かうべ」に近い。
英語の円頂閣 cupola はラテンの cupa(樽《たる》)から来たそうであるが、現在の流義では同一群に属する。
英語の head はチュートン系の haubd といったような語から来ているが、音韻法則によるとLのカプトとは別だそうである。しかしこの「ハウプト」は、そんな方則を無視するここの流義では、やはり兜の組である。
頭部を「つむり」とも言う。これはLの tumuli(堆土《たいど》)と同音である。cumuli(積雲)は「かむり」のほうである。
「あたま」も頭部である。梵語《ぼんご》 〔a_tman〕 は「精神」であり「自己」である。「たま」は top に通じる。
敵の首級を獲ることを「しるしをあげる」と言う。「しるし」が頭のことだとすると、これは梵語の siras(頭)、sirsham(頭)に似ている。
八頭の大蛇《だいじゃ》を「ヤマタノオロチ」という。この「マタ」が頭を意味するとすると、これはベンガリ語の 〔ma_tha_〕(頭)やグジャラチの 〔ma_thoon〕やヒンドスタニ語の mund に縁がある。これが子音転換すれば「タマ」になる。
髑髏《どくろ》を「されかうべ」と言う。この「され」は「曝《さ》れ」かもしれないが、ペルシア語の sar は頭である。
「唐児《からこ》わげ」を「からわ」という。日本紀《にほんぎ》に角子を「あげまきからわ」と訓してあるそうで、もしかすると「からわ」また「からは」は初めには頭を意味したかもしれない。とにかくロシアの golova, glava(セルボ・クロアチアも同じ)、チェッコの hlava, ズールの inhloko(in は接頭語)等いずれも「カラワ」と音が近い。
またこれらは子音転換《メタテシス》によれば前述のkhrの群になるのである。
冠《かんむり》の「イソ」というのは俚言集覧《りげんしゅうらん》には「額より頭上をおおう所を言う」とあるが、シンハリース語の isa は頭である。ハンガリアでは esz がそうである。もっとも「イソ」はまた冠の縁や楽器の縁辺でもある。海の縁でもあるから、頭と比較するのは無理かもしれない。しかし「上」は「ほとり」と訓《よ》まれることがあるのである。
「かうべ」の群中へ、かりに「神《かみ》」と「上《かみ》」も「髪《かみ》」も入れておく。
朝鮮語「モーリ(頭)」は「つむり」の「むり」と比較される。「つ」はわからない。蒙古《もうこ》カルカ語の tologai はタミール語の 〔tala:i〕 に通じる。
「かしら」に似たものがちょっと見つからなかった。ところがLの capillus はもとは cap(頭)の dim. だそうで caput や、ギリシアの「ケファレ」も同じものである。そうして、この「カピラ」は「毛髪」の意に使われている。これが「カヒラ」を経て「カシラ」になりうるのである。言海によると「カシラ」は「髪」の意にも使われているからちょうど勘定が合うのである。そうすると「かしら」も結局「かむり」「かぶり」の群に属する。
[#地から2字上げ](昭和八年八月、鉄塔)
底本:「寺田寅彦全集 第七巻」岩波書店
1961(昭和36)年4月7日第1刷発行
初出:「鉄塔」
1932(昭和7)年12月1日
1933(昭和8)年4月1日、7月1日、8月1日
※初出時の署名は「吉村冬彦」です。
入力:Cyobirin
校正:松永正敏
2006年7月13日作成
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