[#地から2字上げ](昭和八年七月、鉄塔)
四
「ウミ」(海)のヘブライ語が 〔ya_m〕 である。「ヨミノクニ」は黄泉でもあるがまた「海」だとの説もあったように思う。この「ヤーム」が「ウミ」よりもむしろ「ヤマ」に似ているのがおもしろい。西グリンランドのエスキモーの言葉 imaq は海で imeq は水である。qはいろいろに変化するから ima, ime が「ウミ」であり水である。英語の humid(水けある)の終わりのdをとれば「ウミ」に近くなり、第二|綴字《てつじ》だけだと「ミヅ」になる。
英の sea はチュートンの 〔sae&〕 から来たとある。saiwiz も連関している。これが「ウシホ」(ウシオ)の「シオ」と少しは似ている。
「ワダツミ」「ワダノハラ」の「ワダ」は water や露の voda やその他同類の水を意味する言葉と類し、また「ワタル」という意味の wade(L. vadere) および関係の諸語と似ている。梵語《ぼんご》 udadhi(海)が単数四格で終わりにmがつけば「ワダツミ」に近づく。
「オキ」(沖)はギリシア「オーケアノス」の頭部に似る。
「カタ」(潟)はタミール語の海 kadal に近い。
朝鮮のパーターはやはり「ワタ」の群に入れ得られよう。
「ナダ」は梵語の川 nadi に似ている。
「カハ」(川、河、カワ)は「河《ホー》」と実際に縁がありそうである。その他にはシンハリースの ganga(川)とわずかばかり似るだけで、他にちょっと相手が見つからない。
「ナガレ」はもちろん「流れ」であるが、ある人の話では「ナガ」は「長」で「ルル」が「流」であろうとの事である。これを「リウ」と読むとギリシアの「レオ」(流れる)と近い。
トルコの「ネフル nehr」(川)はhを例のgにすると、「ナガレ」に近よる。
朝鮮の「ナイ」(川)とアイヌの「ナイ」(川、谷)はそっくりであることから見ると日本内地でも同じ言葉で川を意味する地名がありそうに思う。
土佐に奈半利《なはり》川と伊尾木《いおき》川とが並んでいる。おもしろいことには、アラビア語の川は「ナフル」、ヘブライのが「ナハル」「ナーバール」等。フィン語の川は yoki 「ヨキ」である。もちろん、直接の縁があろうとは思われぬ。また上記の川名も川の名が先か土地の名が先か、それもわから
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