馬鹿げた事だ」という意味の流行語だという。どういう訳で「マノリ」が「馬鹿なこと」になるかと聞いてみたが要領を得なかった。その後この疑問を遙々《はるばる》日本へ持って帰って仕舞い込んで忘れていた。専売局の方々にでも聞いてみたら分るかもしれないが、事によると、これは自分がちょっとかつがれたのかもしれない。
ドイツは葉巻が安くて煙草好きには楽土であった。二、三十|片《ペニヒ》で相当なものが吸われた。馬車屋《クッチャー》や労働者の吸うもっと安い葉巻で、吸口の方に藁切《わらぎ》れが飛び出したようなのがあったがその方は試《ため》した事がない。
ベルリンの美術館などの入口の脇の壁面に数寸角の金属板が蝋燭立《ろうそくたて》かなんかのように飛出しているのを何かと思ったら、入場者が吸いさしのシガーを乗っけておく棚であった。点火したのをそこへ載せておくと少時《しばらく》すると自然に消えて主人が観覧を了《お》えて再び出現するのを待つ、いわばシガーの供待部屋《ともまちべや》である。これが日本の美術館だったらどうであろう。這入《はい》るときに置いた吸いさしが、出るときにその持主の手に返る確率が少なくも一九一〇
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