な道具があったかはっきりした記憶がない。しかしいずれも先祖代々百年も使い馴らしたようなものばかりであった。道具も永く使い馴らして手擦れのしたものには何だか人間の魂がはいっているような気がするものであるが、この羅宇屋の道具にも実際一つ一つに「個性」があったようである。なんでも赤※[#「金+肅」、第3水準1−93−39]《あかさ》びた鉄火鉢に炭火を入れてあって、それで煙管の脂《やに》を掃除する針金を焼いたり、また新しい羅宇竹を挿込《さしこ》む前にその端をこの火鉢の熱灰《あつはい》の中にしばらく埋めて柔らげたりするのであった。柔らげた竹の端を樫《かし》の樹の板に明けた円い孔へ挿込んでぐいぐい捻《ね》じる、そうしてだんだんに少しずつ小さい孔へ順々に挿込んで責めて行くと竹の端が少し縊《くび》れて細くなる。それを雁首に挿込んでおいて他方の端を拍子木の片っ方みたような棒で叩き込む。次には同じようにして吸口《すいくち》の方を嵌《は》め込み叩き込むのであるが、これを太鼓のばちのように振り廻す手付きがなかなか面白い見物であった。またそのきゅんきゅんと叩く音が河向いの塀に反響したような気がするくらい鮮明な印
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