ぐと二四八二〇メートル、ざっと六里で思った程でもない。煙の容積にしたらどのくらいになるか。仮りに巻煙草一センチで一リートルの濃い煙を作るとする、そうして一本につき三センチだけ煙にするとして、三十万本で九十万リートル、ざっと見て十メートル四角のものである。製煙機械としての人間の能力はあまり威張れたものではないらしい。
しかし人間は煙草以外にもいろいろの煙を作る動物であって、これが他のあらゆる動物と人間とを区別する目標になる。そうして人間の生活程度が高ければ高いほど余計に煙を製造する。蛮地では人煙が稀薄であり、聚落《しゅうらく》の上に煙の立つのは民《たみ》の竈《かまど》の賑わえる表徴である。現代都市の繁栄は空気の汚濁の程度で測られる。軍国の兵力の強さもある意味ではどれだけ多くの火薬やガソリンや石炭や重油の煙を作り得るかという点に関係するように思われる。大砲の煙などは煙のうちでもずいぶん高価な煙であろうと思うが、しかし国防のためなら止むを得ないラキジュリーであろう。ただ平時の不注意や不始末で莫大な金を煙にした上に沢山の犠牲者を出すようなことだけはしたくないものである。
これは余談であるが
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