ゃげていたようである。いくら歯が丈夫だとしてもあんなに噛みひしゃぐには口金の銀が相当薄いものでなければならなかったと考えられる。それはとにかく、この老人はこの煙管と灰吹のおかげで、ついぞ家族を殴打したこともなく、また他の器物を打毀《うちこわ》すこともなく温厚篤実な有徳《うとく》の紳士として生涯を終ったようである。ところが今の巻煙草では灰皿を叩いても手ごたえが弱く、紙の吸口を噛んでみても歯ごたえがない。尤も映画などで見ると今の人はそういう場合に吸殻《すいがら》で錐《きり》のように灰皿の真中をぎゅうぎゅう揉《も》んだり、また吸殻をやけくそに床に叩きつけたりするようである。あれでも何もしないよりはましであろう。
 自分は近来は煙草で癇癪をまぎらす必要を感じるような事は稀であるが、しかしこの頃煙草の有難味《ありがたみ》を今更につくづく感じるのは、自分があまり興味のない何々会議といったような物々しい席上で憂鬱になってしまった時である。他の人達が天下国家の一大事であるかのごとく議論している事が、自分には一向に一大事のごとく感ぜられないで、どうでもよい些末《さまつ》な事のように思われる時ほど自分を不
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