し、空間の中に静止する一点の位置を決定するだけでも三つの数字が必要である。百個の点の集団なら三百の数字が入用になる。物理的体系の「自由度《デグリー・オブ・フリーダム》」の増加とともにその状態を指定するに必要な尺度の読み取りの数もいくらでも増加する。近ごろよく「学問の自由」というようなことが議論されるようであるが、この自由なるものの自由度がいまだ数字できめられない限り、精密科学的には全く無意味な言葉である。百年議論してもこの自由の限界は数字では決められそうもない。
これに反してここに紹介した各種の珍奇なレコードは、ともかくもそれぞれ一つの「自由度」に対する数量的レコードへのおぼつかない試みの第一歩として、それぞれに固有ななんらかの文化的な意味をもつものだと思われるのである。
三原山《みはらやま》の投身自殺でも火口の深さが千何百尺と数字が決まれば、やはり火口投身者の中での墜落高度のレコードを作ることになるかもしれない。しかし単に墜落高度というだけのレコードならば飛行機|搭乗者《とうじょうしゃ》のほうにもっと大きい数字がありそうである。
レコードでもあまりありがたくないのがある。国辱的レコードというものもいろいろあるのである。二十余年前にワシントン府の青葉の町を遊覧自動車で乗り回したことがあった。とある赤煉瓦《あかれんが》の恐ろしく殺風景な建物の前に来たとき、案内者が「世界第一の煉瓦|建築《けんちく》であります」と説明した。いかなる点が第一だかわからなかったが、とにかくアメリカは「俳諧《はいかい》のない国」だと思ったのであった。このアメリカ魂は、摩天楼のレコードを作ると同時にギャング犯罪のレコードをも造りだすであろう。
何一つレコードを持たないような円満具足の理想国はどこかにないものかと考えることもある。
[#地から3字上げ](昭和八年六月、東京朝日新聞)
底本:「寺田寅彦随筆集 第四巻」小宮豊隆編、岩波文庫、岩波書店
1948(昭和23)年5月15日第1刷発行
1963(昭和38)年5月16日第20刷改版発行
1997(平成9)年6月13日第65刷発行
入力:(株)モモ
校正:かとうかおり
2003年7月6日作成
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