て札には「従来捕獲されたる白熊の中にて最高緯度の極北において捕獲されたるものなり」といったような説明書がつくことであろう。そのころにはもうあの北氷洋上の惨劇も子熊の記憶からはとうの昔に消えてしまっているであろう。
 動物の目から見ればやはり人間は得手勝手なものに見えるであろう。氷海の無辜《むこ》の住民たる白熊《しろくま》に対してはソビエト探険隊員は残虐なる暴君として血と生命との搾取者としてスクリーンの上に映写されるのである。
 白熊がもしもチンパンジーであったら、この映画の観客に与える情緒は少しちがうであろう。チンパンジーの代わりにホッテントットであったらどうか。若干の道徳学者が人道論を持ち出して映画の公開だけは禁じられるであろう。
 チンパンジーは人間とはちがって動物だという。これは動物学者が人為的に勝手な理屈から割り出してきめた分類によるからである。西洋人も日本人も同じ人間だという。しかしA博士の研究によると、日本人は血管の分布のしかただけから見ても明らかに西洋人とちがった特徴をもっているそうである。言わば違った動物なのである。昔の攘夷論者《じょういろんしゃ》は西洋人を獣類の一種と
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