であろう。
三越《みつこし》で陶工の作業を見た帰りの電車の中でこんな空想を起こしてみたが、あとになってもう一ぺん考え直してみると、陶工の仕事と学者の仕事との比較には少なからず無理なところがある。学問の場合には、素材というものの価値が実は非常に重大である。いい素材を発見しまた発掘するということのほうがなかなか困難であってひと通りならぬ才能を要する場合が多く、むしろそれを使って下手《へた》な体系などを作ることよりも、もっとはるかに困難であると考えられる場合も少なくはない。そうして学術上の良い素材は一度掘り出されれば、それはいつまでも役に立ち、また将来いかなる重大なものに使用されるかもしれないという可能性をもっている。これに反してその素材を用いて作り上げられた間に合わせの体系や理論の生命は必ずしも長くはない。場合によってはうちの台所の水甕《みずがめ》の生命よりも短いこともある。水甕の素材は二度と使えなくても、学説や理論の素材はいつでもまた使える。こういうふうに考えて来ると学問の素材の供給者が実に貴《たっと》いものとして後光を背負って空中に浮かみ上がり、その素材をこねてあまり上できでもない品物をひねり出す陶工のほうははなはだつまらぬ道化者の役割のようにも思われて来るのである。
そうかと言って陶器の需要のない所には陶土の要求もあるはずはないのは言うまでもないことである。
しかし、そういう理屈はいっさい抜きにして、あの陶工の両手の間で死んだ土塊が真に生き物のように生長して行く光景を見ている瞬間には、どうしても人間のものを生み出す創作能力の尊さを賛美しないわけには行かないのであった。
三 身長と寿命
地震研究所のI博士が近ごろ地震に対しての人体感覚の限度に関する研究の結果を発表した。特別な設計をした振動台の上に固定された椅子《いす》に被試験者を腰掛けさせ、そうしてその台にある一定週期の振動を与えながらその振幅をいろいろに増減する。そうしてちょうど振動感覚の限界に相当する振幅を測定する。次には週期を変えて、また同じ事をする。そういうふうにしていろいろな週期に対する感覚限界の振幅を求めてみると、おもしろいことには被試験者のそれぞれに固有な一定の週期のところで感覚が最も鋭敏である。すなわち、その週期の時に、いちばん小さな振幅あるいは加速度を感得しうるというのである。さらにおもしろいことは、その特別な週期が各人の身体の構造の異同で少しずつちがい、それが結局は各個人の、腰掛けた位置に相当する固有振動週期を示すものらしいということである。
このおもしろい研究の結果を聞かされたときに、ふと妙な空想が天の一方から舞い下って手帳のページにマークをつけた。それを翻訳すると次のようなことになる。
時間の長さの相対的なものであることは古典的力学でも明白なことである。それを測る単位としていろいろのものがあるうちで、物理学で選ばれた単位が「秒」である。これは結局われわれの身近に起こるいろいろな現象の観測をする場合に最も「手ごろな」単位として選ばれたものであることは疑いもない事実である。いかなるものを「手ごろ」と感ずるかは畢竟《ひっきょう》人間本位の判断であって、人間が判断しやすい程度の時間間隔だというだけのことである。この判断はやはり比較によるほかはないので、何かしら自分に最も手近な時間の見本あるいは尺度が自然に採用されるようになるであろう。脈搏《みゃくはく》や呼吸なども実際「秒」で測るに格好なものである。しかしそれよりも、もっと直接に自覚的な筋肉感覚に訴える週期的時間間隔はと言えば、歩行の歩調や、あるいは鎚《つち》でものをたたく週期などのように人間|肢体《したい》の自己振動週期と連関したものである。舞踊のステップの週期も同様であって、これはまた音楽の律動週期と密接な関係をもっている。
現在の「秒」はメートル制の採用と振り子の使用との結合から生まれた偶然の産物であるが、このだいたいの大いさの次序《オーダー》を制定したものはやはり人体の週期であるという事はほとんどたしからしく自分には思われる。
さて、われわれは時の長さをこの秒で測ると同時に、またそれを「感じ」る。多数の秒数が経過したということは、その間にたくさん歩きたくさん踊ったということであり、結局たくさんの「事」をしたことである。人間の人間的活動をそれだけ多くしたという事である。換言するとそれだけ多く「生きた」ということである。
こう考えて来るとわれわれの「寿命」すなわち「生きる期間」の長短を測る単位はわれわれの身体の固有振動週期だということになる。
そこで、今かりにここに侏儒《しゅじゅ》の国があって、その国の人間の身体の週期がわれわれの週期の十分の一であったとする。するとこれらの
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