かく、よほど用心しないと、デパートというものは世にも巧妙な大量殺人機械になる恐れが充分にある。燃料を満載してある上に、しかも発火すると同時に出口が人間で閉塞《へいそく》し、その生きた栓《せん》が焼かれる仕掛けになっているからである。山火事の場合は居合わす人数の少ないだけに、損害は大概|莫大《ばくだい》ではあるが、金だけですむ。
デパートアルプスの頂上から見おろした銀座《ぎんざ》界隅《かいわい》[#「界隅」はママ]の光景は、飛行機から見たニューヨーク、マンハッタンへんのようにはなはだしい凹凸《おうとつ》がある。ただ違うのはこっちのいちばん高い家の高さがかの地のいちばん低い家の高さに相当する点であろう。このちぐはぐな凹凸は「近代的感覚」があってパリの大通りのような単調な眠さがない。うっかりすると目を突きそうである。また雑草の林立した廃園を思わせる。蟻《あり》のような人間、昆虫《こんちゅう》のような自動車が生命の営みにせわしそうである。
高い建物《ビルディング》の出現するのははなはだ突然である。打ち出の小槌《こづち》かアラディンのランプの魔法の力で思いもよらぬ所にひょいひょいと大きなビル
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