、口、尻尾《しっぽ》、脚等の形態、水中にもぐって鼻づらだけ出した様子、鼻息で水を吹きとばす有様、水中で動くときに起る水の渦動、こういったようなものを十分に詳しく見せようと思っても動物はなかなか此方《こちら》の註文通りに動いてくれないし、またせっかく註文通りの部分なり挙動を示しても、その瞬間に観者の注意がそこへ向いていなければ何にもならない。それだからなかなか一度や二度の訪問でこれだけの諸点を観察することは容易でない。然《しか》るに映画の場合では撮影者が長い時間とフィルムを費やして撮影した夥《おびただ》しい材料の中から、無駄なものを省略し、最も重要なものだけを選び出し、それを巧みに編輯してあるから、観客は極めて短い時間の間にこの動物のあらゆる特徴を最も純粋にまた最も強調された形において観察することが出来るのである。あの大きな口の中の造作でも、それが大写しになってそれだけになって現われるときに始めて吾々は十分な注意をそれに集中することが出来るのである。それは外に注意を牽制すべき何物もないからである。それだからたとえ手近に動物園がある場合でも動物園の映画はそれ自身の独自な価値を主張し得るので
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