くらいな効果があった。二人が帰って後にぼんやり机の前にすわったきりで、その事ばかり考えていた。そういう時には彼の口中はすっかりかわき上がって、手の指がふるえていた。そうして目立って食欲が減退するのであった。彼自身にも、それが病的であるという事を自覚しないではなかったが、その自覚はこのような発作を止めるにはなんの役にも立たなかった。そんな時に適当な書物を読めばいいことも知っていたが、発作のはげしい時には書物をあけて読もうと思って努力しても、心はすぐ書物を離れて、もとの暗やみへずり落ちて行った。むしろその暗やみへ向かって飛び込んで行くと、ある時間の後にはどこからか明かりがさして来て夜の明けるようになるのであった。
 同じように人から来る手紙の中の言葉などにもかなりに敏感になっていた。またたとえば絵はがきの絵や、見舞いの贈り物などからさえも、ほとんど他人には想像もつかないような「意味」を感得する事があった。
 そういう状態にある彼は、今この差出人の不明な、何物とも知れぬ球根の小包を受け取って無頓着《むとんちゃく》でいるわけにはゆかなかったのである。
 彼は一度|紙屑籠《かみくずかご》へほうり
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