なものであればあるほど、疵やひびが多いのは当然であるから、そういうものが大勢の合議にかかれば無事に通過する気遣いはまず無いと云ってもいい。
 こんな訳からでもあろう。審査員というものには通例話の纏まりやすい二、三人というところが選ばれ、その親密な合議で事を決するようになっているものらしい。それで多くの場合には各自の意見を参酌《さんしゃく》し折れ合って大体の価値を決め、そうして皆が十分の責任を負うというだけの自信を得た上で及落を決定する。そうするのが実行上最も便宜であり、結果においても比較的公平を期することが出来るであろう。
 こんな工合であるから論文の価値は結局少しも絶対的なものでなく、全く相対的に審査員の如何《いかん》によって定まる性質のものである。尤も中にはほとんど如何なる審査員にも採用されるもの、また反対にどこへ出してもきっと落第させられるというものも偶《たま》にはあるであろうが、その中間のものがなかなかの多数であることは統計学的に考えても明白なことである。さてこそ、そこに依怙《えこ》や毛嫌いの私情が入り込む隙間があるのである。そういう中間的価値のものであれば、それを落第させたこ
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