海水浴
寺田寅彦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)知多《ちた》郡の海岸

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)高知|浦戸湾《うらどわん》の入口

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ](昭和十年八月『文芸春秋』)
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 明治十四年の夏、当時名古屋鎮台につとめていた父に連れられて知多《ちた》郡の海岸の大野とかいうところへ「塩湯治《しおとうじ》」に行った。そのとき数え年の四歳であったはずだから、ほとんど何事も記憶らしい記憶は残っていないのであるが、しかし自分の幼時の体験のうちで不思議にも今日まで鮮明な印象として残っているごく少数の画像の断片のようなものを一枚一枚めくって行くと、その中に、多分この塩湯治の時のものだろうと思う夢のような一場面のスティルに出くわす。
 海岸に石垣のようなものがどこまでも一直線に連なっていて、その前に黄色く濁った海が拡がっている。数え切れないほど大勢の男がみんな丸裸で海水の中に立ち並んでいる。去来する浪に人の胸や腹が浸ったり現われたりしている。自分も丸裸でやはり丸裸の父に抱
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