ィもずいぶんあるだろうと思うが、だれかえらい人のそういう著書があれば読んでみたいものである、ついでに「おとなのおもちゃ」にまでも論及したのであればなおさらおもしろく有益であろう。
六階で以前のままなものは花卉《かき》盆栽を並べた温室である。自分は三越へ来てこの室を見舞わぬ事はめったにない。いつでも何かしら美しい花が見られる。宅《うち》の庭には何もなくなった霜枯れ時分にここへ来ると生まれかわったようにいい心持ちがする。一階から五階までありとあらゆる人工的商品をこまごま見せられて疲れかわいた目には特にこれらの草花が美しく見える。花ばかりでなくいろいろ美しい熱帯の観葉植物の燃えるような紅や、けがれのない緑の色や、典雅な形態を見ればたれしも蘇生《そせい》するここちのしない人はあるまい。そしてこのわれわれの衣食住の必要品やぜいたく品を所狭くわずらわしく置きならべた五層楼の屋上にこの小楽園を設くる事を忘れなかった経営者に対してたとえ無自覚にしろ一片の感謝を表しない人はないであろうと思う。
しかしこのごろだんだんいろいろの人に聞いてみると、中にはあの温室へはいると気持ちがわるくなるという人もあっ
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