には文学や芸術に関する書籍が高い所から足もとまでぎっしり詰まっている。文学書では、どちらかと言えば近代の人気作家のものが多くてそれらが最も目につきやすい所に並んでいる。中学時代にわれわれが多く耳にしたような著名な作家の名前はここではあまり目に立たない。ちょうど西洋の画廊で古い絵ばかり見て、日本へ帰って始めてキュービストやフュチュリストを見せられたような心持ちがする事がある。実際今の日本の文学者の前でホーマーとかミルトンとかいう名前を持ち出すのはだれでも気がひける事だろうと思う。文学に限らず科学の方面でも今どきベーコンやニュートンの書いたものを読むのは気がさすような周囲の状態である。古いものを新しい目で見るのや、新しいものを古い目で見るような暇つぶしの仕事は、忙しい今の時代には、暇人の道楽でなければ、能率の少ない事業として捨てられなければならないと見える。
Everyman's Library などのぎっしり詰まった棚《たな》が孤立して屏風《びょうぶ》のように立っている。自分がいちばん多く買い物をするのはまずここらである。実際こんなありがたい叢書《そうしょ》はない。容易に手に入らないか
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