がよさそうに、せっせと皮砥をかけている。うらやましいような気もする。しかし僕は人形ではない。生きているのだからしかたがない。ゆるしてくれたまえ。
このごろは毎朝床の中で近所のラジオ体操を聞く。一、二、三、四、五、六の掛け声のうちで「ゴー」だけが特別に高く、長く飛びぬけて聞こえる。この「ゴー」の掛け声が妙に気になる。妙に気恥ずかしくて背中がくすぐったくなるような声である。「ゴッ」と短く打ち切ってもらいたい。
僕も毎朝ラジオ体操がやれるようなほがらかな気分になれれば、そうしたら、きっといつもきげんのいい顔をお目にかけることができるかもしれない。[#地から1字上げ](昭和八年八月、渋柿)
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曙町より(十六)
八月十五日に浅間山《あさまやま》観測所の落成式があった。その時に、開所後は入場券を売って公衆の観覧を許すという話が出て、五銭の入場券が五百枚売れたら切符売りの月給ぐらいはできそうだというような取りざたをした。十九日に再び安倍君や子供を連れて見物に行ったら、なるほど観測所の玄関にちゃんと切符売りの婦人が控えていた。帰京してから研究所の食堂でその話をしたら、そ
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