ころのものであったような気がする。
「趣味の遺伝」もなんだかこれに聯関したところがあるような気がするが、これも覚えちがいかもしれない。
それはとにかく、この問題の婦人の顔がどこかレニのマリアにも、レーノルズの天使や童女にも、ロゼチの細君や妹にも少しずつ似ていたような気がするのである。
しかし、一方ではまた、先生が好きであったと称せらるる某女史の顔は、これらとは全くタイプのちがった純日本式の顔であった。
また「鰹節屋《かつぶしや》のおかみさん」というのも、下町式のタイプだったそうである。
先生はある時、西洋のある作者のかいたものの話をして「往来で会う女の七十プロセントに恋するというやつがいるぜ」と言って笑われた。
しかし、今日になって考えてみると、先生自身もやはりその男の中に、一つのプロトタイプを認められたのではなかったかという気もするのである。[#地から1字上げ](昭和六年一月、渋柿)
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[#図8、挿し絵「窓」]
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曙町より(一)
先夜はごちそうありがとう。
あの時、床の間に小手鞠《こでまり》の花が活かっていたが、今日ある知人の細君
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