が光り輝いていた。
試みにその中のただ一つを掘り出してこの世の空気にさらすと、たちまちに色も光も消え褪《あ》せた一片の土塊《つちくれ》に変わってしまった。
同時に、霊山の岩の中に秘められたすべての宝石も、そのことごとくが皆ただの土塊に変わってしまった。
私の頭の中には、数限りもない美しい絵が秘蔵されていた。
私は試みに絵筆を取って、その中の一つを画布の上に写してみた。
……気のついた時はもう間に合わなかった。
……同時に頭の中のすべての美しい絵もみんな無残に塗り汚されてしまった。
そうして私はただのつまらない一画工になってしまった。[#地から1字上げ](大正九年十月、渋柿)
[#改ページ]
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ロンドンの動物園へインドから一匹の傘蛇《コブラ》が届いた。
蛇には壁蝨《だに》が一面に取りついていた。
健全な蛇にはこの虫があまりつかないものである。
こんなことが先ごろの週刊タイムスに出ていた。
「この事実にはいろいろのモラールがある」
とAが言った。
「さらに多くの詩がある」
とBが答えた。[#地から1字上げ](大正九年十月、渋柿)
[#改ページ]
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夜ふけの汽車で、一人の紳士が夕刊を見ていた。
その夕刊の紙面に、犬のあくびをしている写真が、懸賞写真の第一等として掲げてあった。
その紳士は微笑しながらその写真をながめていたが、やがて、一つ大きなあくびをした。
ちょうど向かい合わせに乗っていた男もやはり同じ新聞を見ていたが、犬の写真のあるページへ来ると、口のまわりに微笑が浮かんで、そうして、……一つ大きなあくびをした。
やがて、二人は顔を見合わせて、互いに思わぬ微笑を交換した。
そうして、ほとんど同時に二人が大きく長くのびやかなあくびをした。
あらゆる「同情」の中の至純なものである。[#地から1字上げ](大正九年十一月、渋柿)
[#改ページ]
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脚《あし》を切断してしまった人が、時々、なくなっている足の先のかゆみや痛みを感じることがあるそうである。
総入れ歯をした人が、どうかすると、その歯がずきずきうずくように感じることもあるそうである。
こういう話を聞きながら、私はふと、出家|遁世《とんせい》の人の心を想いみた。
生命のある限り、世を捨てるということは、とてもできそうに思
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