には、鰻のいる穴の中へ釣り針をさしこんで、鰻の鼻先に見せびらかす方法がある。
これらはよほど主動的であるが、それでも鰻のほうで気がなければ成立しない。
次には、鰻の穴を捜して泥《どろ》の中へ手を突っ込んでつかまえる。
これは純粋に主動的な方法である。
最後に鰻掻《うなぎか》きという方法がある。
この場合のなりゆきを支配するものは「偶然」である。[#地から1字上げ](大正十二年六月、渋柿)
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無地の鶯茶《うぐいすちゃ》色のネクタイを捜して歩いたがなかなか見つからない。
東京という所も存外不便な所である。
このごろ石油ランプを探し歩いている。
神田や銀座はもちろん、板橋|界隈《かいわい》も探したが、座敷用のランプは見つからない。
東京という所は存外不便な所である。
東京市民がみんな石油ランプを要求するような時期が、いつかはまためぐって来そうに思われてしかたがない。[#地から1字上げ](大正十二年七月、渋柿)
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(『柿の種』への追記) 大正十二年七月一日発行の「渋柿」にこれが掲載されてから、ちょうど二か月後に関東大震災が起こって、東京じゅうの電燈が役に立たなくなった。これも不思議な回りあわせであった。
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本石町《ほんごくちょう》の金物店へはいった。
「開き戸のパタンパタン煽《あお》るのを止める、こんなふうな金具はありませんか。」
おぼつかない手まねをしながら聞いた。
主婦はにやにや笑いながら、「ヘイ、ございます。……煽り留めとでも申しましょうか。」
出して来たボール箱には、なるほど、アオリドメと片仮名でちゃんと書いてあった。
うまい名をつけたものだと感心した。
物の名というものはやはりありがたいものである。
おつりにもらった、穴のある白銅貨の二つが、どういうわけだか、穴に糸を通して結び合わせてあった。
三越《みつこし》で買い物をした時に、この結び合わせた白銅を出したら、相手の小店員がにやにや笑いながら受け取った。
この二つの白銅の結び合わせにも何か適当な名前がつけられそうなものだと思ったが、やはりなかなかうまい名前は見つからない。[#地から1字上げ](大正十二年八月、渋柿)
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