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 ベルギー皇帝がただ一人で自動車を運転していて山の中の崖から墜落して崩御された。そのいたましい変事の記憶がまだ世人の記憶に新しいのに、今度はまた新しい皇帝が皇后とスイッツルの湖畔をドライブしていたとき、不慮の事故を起こして、そのために若く美しいアストリード皇后陛下はその場で崩御され皇帝も負傷され、ただうしろの座席に乗っかっていた運転手だけが不思議にかすり傷一つ負わなかった。
 皇帝が前の座席の左側にすわってハンドルを握り、皇后はその右側にすわって一枚の地図を拡げ何か皇帝にお尋ねになると、皇帝は右を向いてその地図をのぞき込まれた、その瞬間に車の右の前輪が道の片側を仕切るコンクリートの低い土手の切れ目にひっかかった。そのはずみで土手を飛び越えて道の右側の斜面に走り込んだ車はその右の横腹を立ち樹にぶっつけて、ぐいと右に方向を転じ、その際に皇后は運悪く頭を立ち樹にぶっつけて即座に絶命すると同時に草原の上に投げ出された。車はさらに進んで第二の立ち樹にその左の横腹をぶっつけて傷ついた皇帝を投げ出した。そうしてずるずると斜面をころがりながら湖水のみぎわの葦《あし》の中へ飛び込んではじめてその致命的な狂奔を停止した。うしろにすわっていた運転手は咄嗟《とっさ》の出来事に茫然《ぼうぜん》としてどうすることもできなかった。道路をそれて樹にぶつかるまでの時間は一秒の十分の一にも足りない勘定になるので、まったく考えるよりも速い出来事だったに相違ない。そうして運転手が眼前の出来事を意識した瞬間にはもうすべてが終わっていたわけである。
 これが昔の日本であったら、この二代続きの遭難はきっと何かしらもっともらしい迷信でつづられた因縁話の種を作ったかもしれない。
 しかし因縁が全然無いこともない。それは先代の皇帝も今の皇帝も自分でハンドルを握って墜落の危険の絶無ではないような道路を走らせることに興味を持たれたという事がたしかに一つの必然な因縁でつながれているのである。すなわち一つの公算的な因果の現われだともいわれるであろう。[#地から1字上げ](昭和十年十月十五日)
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 聯合艦隊が芝浦《しばうら》に集合して、昼は多勢の水兵が帝都の街頭に時ならぬユニフォームの花を咲かせ、夜は品川湾の空に光芒《こうぼう》の剣の舞を舞わせた。
 この日病
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