で裏づけられたヒステリック感傷は治療がいっそうめんどうなようである。
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イタリアとエチオピアとの葛藤が永びいて、ほとんど毎日のようにムッソリニの顔が新聞に出る。毎日見ているとその顔がだんだんにナポレオンの顔に似てくる。実際どこかよく似ているのである。
伊軍の飛行機を輸送船に積み込むというので翼を取りはずした機体を埠頭《ふとう》に並べてある光景の写真が新聞に出ていた。その機体の形が蝗《いなご》そっくりである。見れば見るほどよく似てくる。
黙示録のいなごが現世に現われたのである。
形の似たものにはやはり性能にもどこか似たところがあるようである。
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エチオピア事件でほとんど毎日毎夕の新聞に伊国首相や、エ国皇帝、それから国際聯盟の英仏代表イーデン、ラバールの肖像が出る。
日本の内閣に何か重大な事件でもあると岡田首相や陸相海相の顔が毎日のように新聞の紙面の相当な面積を占めて出現する。
ちょっとわれわれには了解のできにくい現象である。新聞の読者というものは恐ろしく健忘性なものであると仮定するか、あるいはまた新聞購読者の大多数は、ほんの気まぐれに、十日に一度|二十日《はつか》に一度ぐらいその日の新聞を買って見るだけである、ということでも前提に置いて考えてみなければ全くわけのわからない「煩雑」であり「浪費」である。
もっともこうしないと「その日その日主義」とも訳されるジャーナリズムの「気分」が出ないのかもしれない。
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秋晴れの午後二階の病床で読書していたら、突然北側の中敷窓から何かが飛び込んで来て、何かにぶつかってぱたりと落ちる音がした。郵便物でも外から投げ込んだような音であったが、二階の窓に下から郵便をほうり込む人もないわけだから小鳥でも飛び込んだかしらと思ったが、からだの痛みで起き上がるのが困難だから確かめもせずにやがて忘れてしまっていた。しばらくしてから娘が二階へ上がって来て「オヤ、これどうしたの」と言いながら縁側から拾い上げて持って来たのを見ると一羽の鶯《うぐいす》の死骸である。かわいい小さなからだを筒形に強直させて死んでいる。北窓から飛び込んで南側の庭へ抜けるつもりでガラス障子にくちばしを突き当てて脳震盪《のうしんとう》を起こして即死したのである。
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