き出しているのではないかという気もする。
自分は、実地を踏んで見るまでは、パリという都をただなんとなしに明るく陽気な所のように想像し、フランス人をのどかに朗らかな民族とばかり思っていたのに、ドイツからフランスへ移って見聞するうちに、この予想がことごとく裏切られた。パリの町はすすけてきたなく土地の人間にはいったいになんとなく陰気でほろにがい気分がただよっているように感ぜられたのであった。ところが、今このガンスの作品を見て昔日のこの感じを新たにするような気がした。主役をつとめるノバリーク兄弟とその敵役《かたきやく》ショーンブルクの相貌《そうぼう》もこの一種特別な感じを強めるもののように思われた。しかもそれらの顔のクローズアップのむしろ頻繁《ひんぱん》な繰り返しはいよいよその暗い印象を強めるのであった。
彗星《すいせい》の表現はあまりにも真実性の乏しい子供だましのトリックのように思われたが、大吹雪《おおふぶき》や火山の噴煙やのいろいろな実写フィルムをさまざまに編集して、ともかくも世界滅亡のカタクリズムを表現しようと試みた努力の中にはさすがにこの作者の老巧さの片影を認めることもできないこと
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